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第293話 

遠藤西也の視線が松本若子に向けられると、その眼差しは驚くほど優しく変わった。

まるで機械のスイッチが低速から高速に一気に切り替わるように、

その態度には一切の躊躇もなければ、ほんの一瞬の間もなかった。

その瞬間を目の当たりにした全員が、思わず息を呑んだ。

いったいこの女性は誰なのか?

どうして遠藤総裁が彼女に対して、まるで別人のような態度を見せているのか?

遠藤西也が自分の実の妹にさえ見せたことのない優しさを若子に向ける姿に、周りの人々は一層驚きを隠せなかった。先ほどまで吼え狂うライオンのように怒っていた彼は、いったいどうしたというのか?

遠藤西也が花に「黙れ」と一喝した時、若子も思わず身を縮めてしまった。

おそらく今は妊娠中のため、他の人よりも敏感になっているのだろう。彼が怒鳴った瞬間、彼女は無意識に自分のお腹に手を当てて、赤ちゃんを守ろうとした。

その様子に気づいた遠藤西也は、また彼女を怯えさせてしまったことに気づき、慌てて弁解しようとした。

「俺は……」と言いかけたが、周りにまだ部下たちが大勢いることに気づき、冷たく一言、「お前たち、全員仕事に戻れ」と命じた。

部下たちはまるで叱られた小学生のように、一人また一人と肩を落としてオフィスを後にした。

「さっきの女性、誰だろう?すごい影響力だな」

「もしかして、遠藤総裁の彼女じゃない?」

「いや、彼女どころか、もっと上かもしれないな。奥さんの方がしっくりくる感じだ」

「遠藤総裁って結婚してるの?」

「しっ、そんなこと言ってるとまた怒鳴られるぞ」

オフィス内に残されたのは三人だけだった。

遠藤花もまだそこにいた。

遠藤西也は眉をひそめ、「お前もまだここにいるのか?出て行け」と不機嫌そうに言った。

遠藤花は不満げに口を尖らせ、怒鳴り返したい気持ちを抑えつつ、「兄のためにここまで未来のお嫁さんを連れてきてあげたのに、こんな態度を取られるなんて」と内心呟きながら、しぶしぶオフィスを後にした。

それなら、わざわざ骨折り損をする必要もないじゃない?

遠藤花は若子の腕をさっと取り、「若子、行きましょう。お兄ちゃん、今すごく忙しそうだしね」と、

どこか皮肉めいた口調で言い、遠藤西也をきつく睨みつけた。

彼女は立ち去るつもりだったが、ついでに兄の「お嫁さん」も一緒に連れて行くつもりでい
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